膨大な開発予算や人材,技術をつぎ込んだ作品は「AAAタイトル」と呼ばれ,その規模は,今や百億円以上をかけたハリウッドの超大作映画に遜色ない。一方で,ゲームの開発や流通が以前に比べて容易になったことなどから,低予算のインディーズゲームも次々に制作・販売されている。今週は,その間の規模感に相当する,最近欧米ゲーム市場で注目を集める「AAタイトル」について考えてみたい。
AAAタイトルの光と影
本連載をお読みの皆さんなら,「AAAタイトル」という言葉を聞いたことがあるだろう。“トリプルエー”と発音し,ゲーム業界では1990年代からある呼称だ。要するに,「金と人,そして最新技術を惜しみなくつぎ込んだゲーム」といった程度の意味だが,さしあたって正確な定義があるわけではなく,大手パブリッシャの看板タイトルの広告に使われるプロモーション用語に近かった。
このAAAタイトルという表現が盛んに見られるようになったのは,海外でPlayStation 3やXbox 360が発売されて以降のことだ。グラフィックスの高解像度化によりゲーム開発のコストが飛躍的に上昇し,10億円,20億円といった予算が当たり前になっていった。例えば2007年にリリースされたMicrosoft Gamesの「Halo 3」は,開発に3000万ドル(当時のレートで約30億円),さらにマーケティングに4000万ドル(同40億円)がつぎ込まれたと言われている。
その頃から,人件費の安い国がアウトソーシングを引き受けたり,ゲームエンジンなどのミドルウェアの整備が進んだり,流通コストを削減できるオンライン販売が進んだりはしたが,PlayStation 4とXbox Oneの時代に入り始めると開発コストはさらに高騰し,過渡期となる2013年にリリースされたActivisionの「コール オブ デューティ ゴースト」,Electronic Artsの「バトルフィールド 4」,Ubisoft Entertainmentの「アサシン クリード IV ブラック フラッグ」などでは開発費が1億ドル(約100億円)に達したという。さらに,同年リリースされたRockstar Gamesの「グランド・セフト・オートV」の開発費に至っては2億6500万ドル(約264億円)とされており,これはハリウッドの超大作映画さえしのぐものだ。
Electronic Artsのチーフクリエイティブオフィサーだったリチャード・ヒルマン(Richard Hilleman)氏は,イギリスで開催された開発者会議向けの白書の中で,「もはやAAAタイトルを開発するメーカーの80%が消滅した」と書いた。PS3/Xbox360の時代には125のパブリッシャがAAAを謳うソフトをリリースしていたが,6〜7年後のPS4/Xbox One世代では,それが25ほどに減ったというのだ。
筆者は2014年,Electronic Artsのチーフオペレーティングオフィサーだったピーター・ムーア(Peter Moore)氏にインタビューしたが,EAがプレス向けカンファレンスで12作しか発表しなかったことを質問したところ,ムーア氏は2007年には1年間で67作をリリースしていたと述べたあと,「運用するプロジェクトを少なくして,個々の作品の開発とプロモーションに多くのリソースを割り当てる」とした。実際,最近のEAは年間で10作程度しかもリリースしないが,それぞれのプロジェクトは大型化し,開発費や広報にも以前に比べて大きな予算が投入されているはずだ。
開発に200億円がかかるような各パブリッシャの看板タイトルを,「AAA+タイトル」と呼んだりするが,この「+」とは,本連載にも何度か登場した「GaaS」(Game as a Service=サービスとしてのゲーム)を指すという。膨れ上がった開発費を回収するために,DLCやシーズンパス,マイクロトランザクション,ルートボックスなどを導入してコアプレイヤーを囲い込もうという戦略だったが,結果として多くのAAA+タイトルには「いつまでも金が掛かる」というイメージが持たれるようになってしまった。Free-to-Playタイトルやモバイルゲームにならったビジネスモデルだが,パッケージ販売+課金というやり方は,欧米ゲーマーの大きな支持を得られなかったようだ。
評価の高い作品が続くAAタイトル
さて,以上のようなAAA/AAA+タイトルへの批判もあって,注目を集めるのがメディアやファンなどに「AAタイトル」と呼ばれるゲームだ。
もっとも,AAタイトルにも明確な基準はないため,具体的に何を以てAAタイトルとするのか,筆者にはいまいち分からないし,AAと呼ばれるタイトルを開発したメーカーの中にも,AA扱いされることを心外に思っているところがあるかもしれない。
感覚的にいえば,AAタイトルをリリースしているのは中堅のパブリッシャで,投資会社の支援を受けたり地元の株式市場へ上場したりなどで資金を獲得した後,いくつかの開発チームをバックアップできるようになったメーカーだ。具体的には,フランスのFocus Home InteractiveやスウェーデンのParadox Interactive,オーストリアのTHQ Nordicなどが相当し,彼らが市場に送り出す作品の多くが,グラフィックスがある程度キレイで,二ッチなジャンルやマニアックなテーマを扱い,コアなファンほどちょっと遊んでみたくなる雰囲気を持っている。
例えば,Focus Home Interactiveが2013年以降,販売を担当してきた「Farming Simulator」シリーズは,大型農業機械を使って農業を楽しむという,とんでもなく二ッチなテーマの作品だが,ロングヒットを記録しており,また,2018年にリリースした「Call of Cthulhu: The Official Video Game」はメディアやゲーマーに高く評価された。そして2019年も「A Plague Tale: Innocence」や「Greedfall」といった個性あふれるタイトルをリリースしている。
ストラテジー専門という印象だったParadox Interactiveは,その方向性に変化を見せ,2020年には人気TRPGをベースにした「Vampire: The Masquerade - Bloodlines 2」をリリースする予定だ。また勢いのあるTHQ Nordicは,2019年の「Darksiders Genesis」に続き,2020年には「Biomutant」「Desperados III 」「Destroy All Humans!」などを発売する。
2017年12月に設立されたPrivate Divisionsは,Take-Two Interactiveの新たなレーベルであるため,中堅の独立したパブリッシャとは呼べないが,Obsidian Interactiveの「The Outer Worlds」と,Panache Digital Gamesの「Ancestors: The Humankind Odyssey」というAA指向の2作品をリリースしており,どちらもゲーマーに好評だ。
このように,一時期,メディアやゲーマーの話題を独占するAAAタイトルと,小粒ながらも大胆なアイデアを持ち,ときとして大ヒットを記録する,「Don’t Starve」や「Return of the Obra Dinn」といったインディーズタイトルの両極に挟まれ,ほとんど居場所を失っていた感のある中堅パブリッシャのタイトルだったが,2017年にリリースされた「Hellblade: Senua's Sacrifice」あたりから流れが変わってきたという印象を筆者は持っている。
開発元のNinja Theoryは,「Hellblade: Senua's Sacrifice」をセルフパブリッシングした,完全な独立系ゲーム企業だが,海外メディアのインタビュー記事では本作について「インディーズゲーム開発者がAAAタイトルを意識して生みだしたゲーム」と話している。
もちろん,予算の少ないAAタイトルだけに,プレイ時間が短いとか,やり込み要素が少ないとか,アクセシビリティ(視覚や聴覚に障害のある人向けのオプション)が行き届いていないとかいう側面は確かにある。また,作品によってはAAAタイトルなみのフルプライスで発売されたにもかかわらず,直後のセールで目玉として大幅な値引販売されることもある。総じて,発売直後からトップチャートに踊り出すようなAAタイトルは多くない。
それでも強調したいのは,AAタイトルを開発するパブリッシャやデベロッパの多くが,Ninja Theoryの言う,AAAタイトルを意識したインディーズ魂を持ち,メジャーな市場ではなくとも自分達の作りたい作品を作り,それを評価してくれるファンにアピールしようとしている点だ。AAタイトルは,AAAとインディーズの間にあってゲーム市場の接着剤のような役目を果たしており,それゆえ,我々ゲーマーにとってもゲーム業界にとっても必要不可欠の存在なのだと筆者には思える。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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December 15, 2019 at 10:00PM
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